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コラム 3 ビットコインくん

03 通貨膨張というカンフル剤の功罪!

私たちにとってお金は、ごく当たり前に存在するものです。日々、何気なく使っていますが、その仕組みは意外と複雑で、実は多くの課題も抱えています。ビットコインは、そうした現代の通貨制度への疑問や問題意識から誕生したとされています。

そこで今回は、ビットコインがどのような問題に向き合おうとしているのか、つまり、現在の通貨制度とその抱える本質的な課題について、一緒に考えてみたいと思います。

お金が増幅される仕組み「通貨発行×信用創造」

「信用創造」とは、簡単に言うと、民間の銀行が企業や個人にお金を貸し出す時に、新たなお金(預金)を作り出す仕組みのことです。私たちが日常的に使っているお金の多くは、このプロセスを通じて生まれています。

説明しましょう。

中央銀行による通貨発行

まず、円やドルといった法定通貨は、各国の公的機関である中央銀行によって発行されます。中央銀行は国債の買い入れや貸出オペレーションなどを通じて新たなお金を発行し、それを民間銀行の口座(中央銀行当座預金口座)に供給します。

いきなりややこしいですが、ざっくりいうと、中央銀行が新しいお金(現金・準備金)を発行し、それが民間の銀行システムのお金の基盤となる、ということです。こうして供給されたマネーは「ベースマネー(マネタリーベース)」と呼ばれます。「基盤のお金」ですね。

民間銀行による信用創造

ところが、実際に私たちが日々使っている銀行預金の大部分は、中央銀行が発行したお金だけではありません。たとえば、民間のある銀行が、企業に1,000万円を貸し出すとします。このとき、銀行は1,000万円の現金(紙幣や硬貨)をその企業に手渡すわけではありません。企業の預金口座に「1,000万円」と記帳するだけです。これで、企業は1000万円を使えるようになります。銀行は、企業の預金口座に、1000万円という数字を書けばいいので、その場に現金が1000万円なくても貸し出せるわけです。

こうして新たに創り出されたお金(預金)は、その企業が何らかの事業に使い、支払いにも使われます。そうやって使われたお金は、また誰かによって、別の銀行に預けられることもあります。預金を受け取った銀行では、その預金が新たな銀行預金として存在し続けます。銀行は、こうした預金の流れと決済を円滑に行うために、必要な準備金を保有・調達しながら業務を行っています。

もちろん、こういった貸し出しは、民間の銀行が無制限に行えるわけではありません。銀行は自己資本規制や流動性規制などの制限、金融政策や市場環境、必要な準備金の確保、貸し出し先の信用力、など、様々な要素を踏まえたうえで、貸し出しの可否や、上限が決められます。つまり、国家の金融政策と規制の枠組みの中で、一定の管理と監督のもとに行われています。

その辺は複雑ですが、お伝えしたい要点は、このような事が民間の銀行システムの中で、何度も繰り返されることで、最初のベースマネーよりもはるかに多くの「預金」(つまり、銀行口座に記録されたお金)が創り出され、経済全体に広がっていくという事です。

このようにして創られた預金も含め、経済全体に存在するマネーの総量を「マネーサプライ(マネーストック)」と呼びます。つまり、私たちが使っているお金の大部分は、中央銀行が発行したお金ではなく、実は、銀行の貸し出し活動(信用創造)によって生まれた、銀行の帳簿上のものなのです。

以上が、中央銀行による通貨発行と、民間銀行システムによる信用創造です。

なぜ信用創造を行うのか?

信用創造の正?の側面

続いて信用創造の目的や問題点について考えます。正?と?マークを付けたのは、一般には正の側面といわれていることが、実は幻なのではないか、という視点もあるからです。これは後述しますが、それを伝えるにもまず、一般的に言われる信用創造の目的、正?の側面から解説しましょう。

一般的に言われる信用創造の最大の目的は、経済活動を活性化させることにあります。銀行がお金を大量に貸し出すことによって、企業や個人は、手元にある資金以上の経済活動を行うことができるようになります。たとえば、新しい事業を始めたり、生産設備を導入したり、雇用を増やしたりといった事が可能になります。このような資金の供給は、資本の少ない人々にも挑戦の機会を与え、結果として経済全体の成長を後押しする効果を持ちます。

また、通貨発行と信用創造は、国家の経済政策においても重要な役割を担っています。たとえば、戦争、自然災害、パンデミックなど、突発的な危機が起きた際には、中央銀行がベースマネーを供給したり金利を下げたりするなどして、民間銀行が貸し出ししやすい環境を整えます。これにより、景気の急激な悪化を防ぎ、雇用や生活の安定を支えることができます。

このように、信用創造は単なる銀行の一業務ではなく、経済全体の成長や安定、さらには非常時の対応において不可欠な役割を担っているのです。そしてその根幹には、国家が管理する通貨制度と、それに基づく中央銀行の金融政策があります。信用創造とは、それらを基盤として、民間銀行が資金供給を拡大していく仕組みといえます。

信用創造の負の側面

しかし、信用創造は経済成長を支える強力なエンジンである一方、深刻なリスクも伴います。

最も大きなリスクは、景気や物価の過剰な変動です。銀行が過度に貸し出しを行い、経済に流れるマネーが過剰になると、経済の過熱状態が生まれます。企業や個人が将来を楽観視して、無理な投資や消費を繰り返すことで、資産価格や物価が急激に上昇することがあります。ひらたくいうと、バブルが発生します。

しかし、何らかのきっかけでその楽観が崩れ、バブルがはじけると、金融機関はリスクを回避しようとして貸し渋りを行い、信用不安が連鎖的に広がります。その結果、経済活動が急激に縮小することがあります。このようなバブル崩壊、信用の急激な逆回転は「信用収縮(クレジット・クランチ)」と呼ばれます。

人々や企業が将来に悲観的になり、借金や投資を控え始めると、経済に流れるマネーの量が急速に減少し、景気が冷え込みます。さらに、銀行が既存の貸出を回収しはじめると、経済の基盤だった「信用」が一気に失われ、信用創造によって作られていたマネーの量がさらに縮小していきます。

このような信用崩壊の連鎖が進むと、金融市場が大きく混乱し、最終的に深刻な経済危機に発展します。2008年に起きた「リーマン・ショック」はその典型例です。信用創造の拡大が経済を支えていた一方で、その反動としての信用収縮が経済全体に甚大な影響を及ぼしました。

つまり、信用創造は経済成長のエンジンであると同時に、その反動として、経済を一気に破壊する力をもつ、危険な仕組みでもあるのです。

危機対応によるさらなる通貨供給

皮肉なことに、経済危機が起きたとき、政府や中央銀行はその混乱を収めるために、再び大量の通貨を市場に供給することになります。

たとえば、金融市場でパニックが起きて、お金の逆回転、信用収縮が起きている時、中央銀行は金利を下げたり、量的緩和といった方法で、大量の資金を市場に送り込みます。経済の崩壊を、新たな通貨供給によって下支えして、企業活動や投資、国民の消費活動などを、復活させようとするわけです。

しかし、このような危機対応としての通貨供給は、諸刃の剣です。経済の実態以上に強制的に市場へ資金を流し込むと、通貨はどんどん希釈されてゆきます。長期的にはそれは、インフレ圧力を高める要因にもなりかねません。つまり、危機をしのぐための一時的な処方箋として通貨供給が繰り返されるほど、将来的には通貨の信頼が揺らぎ、インフレ・通貨価値の下落といった新たな問題を招くリスクが蓄積されていくのです。

通貨量の「増加」と「減少」の非対称性

ここで見逃せない重要な点は、「通貨量の増加は比較的容易であるのに対して、その減少は極めて困難である」という構造的な非対称性です。

上でお伝えしたように、中央銀行は、景気刺激のために短期的に通貨を供給します。そしてその後ろには、往々にして政府の借金、すなわち国債の発行があります。

こうした緊急時には、通貨と借金が一気に増幅します。それらを後から適切に減らすことができれば、通貨や借金のバランスは保てるはずですが、実際にはそうはなりません。特に一度出回った通貨を、いざ市場から減らそうとすると、政治的・社会的な抵抗に直面し、実行は容易ではないのです。

政治社会的抵抗とはどういうことかというと、まず、マネーの膨張を抑制するための主要な手段として、中央銀行による金融引き締めという金融政策があります。しかし、金融引き締めは景気を冷え込ませ、失業や倒産を招きやすいため、社会的な反発が大きくなりやすい政策です。

また、借金を減らす方法としては、増税や国家支出を抑える(節約する)ということも考えられます。しかし、増税や支出削減によるサービスの縮小は、国民の強い反発が予想されます。これは、感情的にも極めて自然な反応でしょう。

経済が成長して税収が自然と増えれば、国家の債務負担は軽くなりますが、経済が思い通りに成長するかはわかりません。

政治的・社会的な抵抗によって、通貨を市場から減らしたり、借金を減らしたりすることが難しい、というのは、こうした事情を指します。

一方で、国家による通貨の発行は、代表的な方法として、政府が国債を発行し、それを中央銀行が(市場を通して)買い取るという手続きで実行されます。政府も中央銀行も国家の機関であることを考えれば、これは実質的に「国家が無からお金を生み出す」ことと変わりません。通貨量の増加は、減少に比べ、はるかに容易なのです。

※このような過剰な通貨発行の危うさを抑えるために、(市場を通して)という制限をつけ、政府に対する「中央銀行の独立性」が制度として定められているのですが、現実的には、実効性が疑わしい状況です。

その結果、通貨は供給され続け、借金も積み上がっていきます。そして長い時間をかけて、

じわじわと通貨価値の下落、すなわちインフレを引き起こします。一時的には、金融引き締めや信用収縮によって、インフレが抑えられる局面もありますが、長期的にはマネーが増えやすい構造が固定化されてゆき、例えばコロナショック後のように、何かしらのきっかけを通じて、急激なインフレの源になることもある、というわけです。

(※実は、この強いインフレこそが、(国家の数字上の借金を増やしつつも)、実質的には借金負担を軽くする、という裏技のような方法でもあるのですが、それはまたステージ4クイズで解説します!)

通貨量の増大と通貨価値の棄損

ここまで見てきたように、国家は経済の基盤としてベースマネーを発行し、民間銀行による信用創造と組み合わせて、マネーサプライ(お金の流通量)を拡大してきました。ただし、通貨を発行したからといって、すぐにインフレが起きたりするわけではありません。

実際、日本やアメリカでは、過去に大規模なベースマネー拡大・量的緩和が行われたにもかかわらず、短期的には目立ったインフレが発生しなかったこともあります。このため、「通貨の発行=すぐにインフレ」と単純には言えないのが現実です。

しかし、長期的に見ると、通貨の購買力は少しずつ、しかし確実に下がり続けていることがデータから明らかになっています。たとえば、アメリカのドルの購買力は、1913年(中央銀行であるFRBが設立された年)を10とした場合、2020年代には0.5以下にまで低下しています。言いかえれば、かつて1ドルで買えたものが、今では20ドル以上支払わないと買えない、ということです。

本来、100年に渡る技術進歩や生産性向上は、物価を押し下げる方向に働くはずです。しかし現実には、それらの物価下落圧力を上回る形で、長期的に通貨の購買力が低下(物価が上昇)してゆきました。

この背景には、長期間にわたるベースマネーの拡大と、それに伴う信用創造によるマネーサプライの膨張があると考えられます。平時からマネーは少しずつ増え続け、また、バブル崩壊などの危機のたびにベースマネーが拡大され、民間銀行による信用創造が続き、 結果として、マネーサプライが膨張し、長期的にお金の価値が目減りしていくという流れです。

つまり、短期的には通貨発行と信用創造が、経済を活性化する役割を果たすこともありますが、長い時間をかけて、じわじわと通貨の信頼や購買力が損なわれていくという現象が起きているのです。

通貨発行×信用創造という仕組みへの疑念

では最後に、これらを踏まえて、上で保留していた、信用創造社会の正の側面は、本当に正の側面なのか?という別の見方を紹介しましょう。

まず、これまで確認してきたように、信用創造によって生み出されるマネーは、銀行が貸し出しを行う際に帳簿上で生み出される数字としてのお金、信用マネーです。

先ほど、信用創造の正の側面として、①経済活動を活性化させる、ということを挙げました。確かに、中央銀行の低金利政策などを背景に、信用創造が拡大すると、投資や消費が増え、短期的には生産や雇用が拡大し、景気が良くなったように見えることがあります。個別の企業や事業においては、実際に成功する例もあるでしょう。

しかしこの活性化は、社会全体で実際に使える資源の量や、人々が将来に向けて確保している余力と整合したものではありません。信用マネーによって人工的につくり出された活性化です。例えるなら、ドーピングによる活性化のようなものです。

中央銀行の低金利政策などを背景に、信用創造によって資金が大量に供給されると、本来であれば慎重に判断されるはずの長期的・大規模な事業や投資が、あたかも実行可能であるかのように見えてしまいます。その結果、社会全体としては維持できない規模の投資が進み、資源や人手が誤った形で過剰に投入されることになります。

現実の資源状況や人々の需要構造と噛み合わない形で、資本や労働が配分されると、その歪みは、いずれどこかで必ず表面化し、事業の縮小や破綻という形で修正を迫られます。これは、本来であれば段階的に積み上げられていくはずだった資本が、誤った方向に使われ、無駄に消費されてしまうことを意味します。

要するに、経済を活性化しているつもりの信用創造が、長期的全体的視点からみれば、かえって経済全体の生産性や持続性を損なう結果を招くのです。

だとすると、①経済活動を活性化させるという点は、実は正の側面とは言えなくなるでしょう。

次に、信用創造社会のもう一つの正の側面として、②中央銀行の金融政策や金利操作を通じて経済を危機から救う、という点を挙げました。

しかし、危機が起きた際にマネーを大量に供給して経済を支えることは、本来であれば市場の中で淘汰され、整理されるはずだった業種や企業を、恣意的かつ人工的に延命させることでもあります。一時的には経済を救ったように見えても、それは危機や破綻を先送りしているに過ぎません。

大事なポイントとして、市場において、脆弱な企業や非効率な事業が、一定のショックをきっかけに淘汰されることは、全体としては健全な調整の一部なのです。その過程を通じて、人や資源は、より成長性の高い産業へと再配分されていきます。

何らかの経済的ショックにより、経済的な痛みが限定的かつ一時的に起きたとしても、市場の調整に任せることで、その後の持続的な発展につながると考えられるのです。

また、そもそもの問題の根本は、平常時から信用創造による大量の信用マネーがあふれていることで、経済がバブル的に膨らんだ状態が常態化しているということです。このこと自体が、本来なら限定的なダメージで済むはずが、ちょっとのきっかけで強烈な危機、ダメージを引き起こす土台となっているのです。

にもかかわらず、危機対応として、さらにマネーを供給し、無理に痛みを回避し続けると、非効率や非合理が一層蓄積され、やがて制御不能なほど大きな経済的ショックへとつながっていく、というわけです。

このような観点に立てば、②経済を危機から救う、という点についても、信用創造社会の正の側面とは言えないことになるでしょう。

まとめると、中央銀行と民間銀行が組み合わさった信用創造社会は、一見すると経済を支える有益な仕組みに見えます。しかしその実態は、経済を恣意的かつ非効率に歪め、短期的な痛みの緩和と引き換えに、より大きなダメージと長期的な生産性の低下を招きかねない、近視眼的なシステムである、という評価も成り立つのです。

国家が通貨発行する仕組み(裏)

さて、国家による通貨発行とはどのようなものなのか?というテーマは次回も続きます。ここまで見てきた通貨発行と信用創造の仕組みは、一般的に言われる経済的メカニズムです。いうなれば表の仕組みです。

しかし、通貨発行は単なる経済ツールではなく、国家の権力そのものでもあります。発行した通貨を誰に配り、どこに使うのか、そして、国民は、それにどのように反応するのか、といった事は、国家の権力、そして不正、腐敗などとも密接に関わってきます。いうなれば、国家が通貨発行する仕組み(裏)、とでもいうような話です。

ビットコインは、表側の理由もさることながら、そういった通貨発行の裏にある構造への反感から生まれたものでもあるのです。