← トップへ 📚 コラム一覧 ⚡ BITCOIN コラム 10
コラム 10 ビットコインくん

10 サウンドマネー② 私たちは、ビットコインを選び、保有し、使う

不換紙幣の時代へ

ニクソンショックを境に、世界はゴールドに裏付けられない紙幣、すなわち不換紙幣の時代へと突入しました。紙幣は、本当に、ただの紙切れとなったのです。

不換紙幣は、国家が増やそうと思えば増やせますし、使用停止にすれば、一瞬で価値を失わせることもできます。実際、それはあちこちの国で時折行われることで、日本でも戦後に、預金封鎖→新円切り替えという流れで、似たようなことが行われています。

そのような土台が不安定な貨幣制度で、なぜ人々は引き続き、信用してドルなどの法定通貨を使い続けたのでしょうか?それは、貨幣の価値根源、受容性の根源は何なのか、という難問ではありますが、ともかく人々は、裏付けのない不換紙幣を使い続けました。

そしてこれが、現在に至るまで続く通貨制度となっています。現在、私たちが使っているドル、円という通貨には、ゴールドという裏付けは存在しません。

それはある意味で、解き放たれた時代の始まりでもありました。ゴールドとの交換という制約が外れたことで、国家は無制限に通貨を発行できるようになり、ゴールドの裏付けというアンカーを失った通貨は、コントロールの効かない経済へとつながっていきました。

その結果、私たちは気づかぬうちに、貨幣の希薄化=インフレという形で資産を失い、国家の市場・貨幣への介入という形で自由を失ってきた、というのは、今まで何度もお伝えしてきた通りです。

その結果が現在、世界中で起きつつある法定通貨からの逃避という現象です。法定通貨に対する信頼の低下とともに、より価値の保存性の高い資産、いわゆるハードアセットへの資金移動が加速しています。

このことは、貨幣発行の自由化が実現しているとは言い難い現代においても、歴史の流れのまま、人々がより健全な貨幣を求め、選ぼうとしている現れといえるかもしれません。

サウンドマネーは世界をどう変えるのか

では次に、貨幣発行の自由化が進んだ世界、つまり法定通貨の強制通用力など、法的な縛りがない世界を考えます。

貨幣発行の自由化が進んだ世界で、人々が、現在の法定通貨システムを捨て、サウンドマネー(健全な貨幣)を選び、それが社会に普及するようになったとしたら、そのとき、社会にはどのような変化がもたらされるのでしょうか。

この問いは、言い換えれば「ビットコインはなぜ重要なのか?」という、このクイズの核心的なテーマに直結しています。なぜなら、現代においてサウンドマネーの最も有力な候補が、他ならぬビットコインだからです。

改めて「ビットコインはなぜ重要なのか?」という問いの答えの一つとして「国家が、貨幣や市場に対して介入することで生じてきた、数々の歪みや問題を根本から是正するから」と答えることができます。

では、その「国家による介入」とは具体的にどのようなもので、それがサウンドマネーの普及でどのように変わるのか、見てみましょう。

国家による市場・貨幣への介入とは何か?

これは、これまでずっと見てきたことです。

現代の法定通貨制度のもとで、国家や中央銀行は以下のような介入を日常的に行っています。

税の調整、補助金、公共事業、給付金制度などを通じて、市場や経済活動に直接的な介入を行います。

信用創造は、民間銀行が貸し出しを行うたびに新たな貨幣が生まれるという、「無からお金を生む仕組み」です。国家による様々な制度の上で成り立つ仕組みであり、特に、中央銀行が金利の上下操作や量的緩和などを通じて、資金の流れや経済の方向性をコントロールしています。

これらすべての土台には、国家が通貨を独占しており、通貨発行・流通をコントロールしているという事実が横たわっています。

サウンドマネーの普及により国家の介入はどのように制限されるのか

次に、人々が自由に貨幣を選べるようになり、サウンドマネーが社会に普及したとしたら、国家の介入がどのように制限されていくかを、ごく簡潔にですが、考えてみましょう。

財政政策への制限:過剰な国家支出が困難になる

まず、政府による財政政策についてです。補助金、公共事業、給付金といった形で、政府は市場に対して様々な介入を行っています。これらは表向き「税金による再分配」とされていますが、実際には多くの場合、中央銀行による通貨発行=新しいお金の創造によって賄われています。

つまり、現実には政府支出の多くが、「無から生み出された通貨」に依存しているのです。財政規律(支出と収入のバランス)は形骸化し、未来のインフレリスクという見えにくいコストが現在の支出の資金源となっています。

しかし、サウンドマネーが普及した社会では、希釈された通貨=価値が失われていく通貨を、人々が受け取りたがらなくなります。つまり、国家が発行した通貨であっても、信用できない通貨は市場で拒否されるのです。

結果として、国家は過剰な支出や通貨発行に依存した財政政策を行うことが困難になります。

国家が運営を続けるには、税収や透明な仕組みに基づく健全な財政によらざるを得なくなると考えられます。

信用創造への制限:実体なきマネーの抑制

次に、民間銀行による信用創造です。信用創造とは、銀行が企業や個人にお金を貸し出す際、「通帳上の数字(預金)」として新たなマネーを生み出す仕組みのことでした。これは「万年筆マネー」「信用マネー」とも呼ばれ、実体としての現金がなくても、帳簿上で貸し出しを可能にする現代的なマネー創造の仕組みです。

この制度によって経済活動は、短期的には刺激されることもありましたが、同時に、誤投資やバブル、その後のバブル崩壊、景気悪化といった悪影響も引き起こしてきました。

そしてこの仕組みの裏側、根幹には、中央銀行の金融政策(金利操作、量的緩和、最後の買い手など)がありました。

詳細は複雑なので省きますが、この中央銀行の金融政策には、前提として通貨発行機能が必須です。例えば金利操作の際、実際的に行うことは、「公開市場操作」や「準備預金への利子(付利)調整」などです。これらには、民間銀行から国債を買い取ったり、利払いしたりといったことが必要になりますが、それは結局のところ、一定の通貨発行・供給能力を持っていることに依存しています。

また、量的緩和、最後の買い手などといった金融政策は、ずばり通貨発行によって、経済や銀行を支える手段です。つまり、中央銀行の金融政策は、通貨発行なくては成立しない仕組みなのです。

そして民間銀行における信用創造は、このような中央銀行の通貨発行によるサポートを背景に持つことによって、巨大に膨れ上がっている仕組みでした。

つまり、もしもサウンドマネーの普及によって、そういった中央銀行による恣意的な通貨発行がなくなれば、民間銀行の信用創造もリスクを度外視した過剰な膨張ができなくなるでしょう。その結果、非効率で過剰な誤った投資や、借入によるバブルも抑えられ、人為的で破滅をはらむ巨大な景気の波も、抑制されると考えられます。その結果、社会は、貯蓄と資本形成を土台とした経済活動による成長が継続され、健全で持続的、安定的な社会になることが期待されます。

通貨大量発行への制限:見えにくい資産没収を止める

そして何より、サウンドマネーの普及によって、最も大きく、直接的な弊害が機能しなくなります。それは、国家の通貨大量発行による、通貨価値の希釈化、価値の保存機能の棄損です。

これまで何度も見てきたように、通貨大量発行=通貨の希釈化により、私たちの資産は「通貨の購買力の低下」というかたちで、目減りしていったわけです。

しかし、サウンドマネーが広がることで、この仕組みは根本的に機能しにくくなります。

極端な言い方をすれば、国家が行ってきた、見えにくく、かつ強制的な資産没収、すなわちインフレという手段による「私有財産権の侵害」に対して、構造的な歯止めをかけることができるのです。

国際的な普及:透明・中立・グローバルな共通基準による国際貿易

以上のように、サウンドマネーは国家の様々な経済介入を制限することが考えられます。そして、その効果は国境を越えて、国際取引の分野にも広がっていきます。

サウンドマネーが世界的に普及し、共通の基準として使われるようになれば、各国による恣意的な通貨政策や為替操作は困難になります。また、通貨間の交換や為替ヘッジにかかるコストが下がることで、国際貿易はより透明で効率的になることが期待されます。

これは、現在の多通貨制度にともなう非効率性を克服し、公平で中立、効率的な市場環境を整える効果があると考えられるでしょう。

サンドマネーによる自由市場を土台とした社会へ

このように現代の制度は、ほぼすべて国家(中央銀行)による通貨発行の独占を前提にしています。しかし、人々がサウンドマネーを選び、普及していくことで、こうした仕組みは機能しにくくなるわけです。

サウンドマネー社会が構築され、国家による通貨発行の独占がなくなり、今まで見てきたような、国家の通貨独占よって生み出されていた、様々な社会のゆがみに抵抗することが可能になることで、我々の市場は、国家の恣意的な強制介入のない、真の自由市場へとアップデートされていくことが期待されるのです。

自由市場は自由そのもの

そして、自由市場編でもお伝えした通り、自由市場は単なる経済的な場ではありません。

自由市場は、私たちの選択の自由の場であり、仕事や行動の自由の場であり、価値観の多様化の場であり、他者との共存の場です。逆に自由市場の喪失は、私たちが何を選び、どう生きるかを国家に明け渡すことであり、自由そのものの喪失といえます。

その視点から言えば、サウンドマネー社会とは、我々の自由そのものを高める社会といえるのです。

ビットコインは、現代に蘇ったサウンドマネーである

以上のような話は、理想論ではありますが、完全な机上の空論というわけではありません。19世紀のゴールド本位制の時代には、上に挙げたような通貨的な制約が一定程度機能し、財政規律や市場の健全性が保たれていたといわれます。それは、歴史的に見ても人類が比較的安定し、持続的に発展していた時代だったと言えるでしょう。

そして現代において、再び、ビットコインというサウンドマネーが誕生しています。しかも、ビットコインは、かつては歴史の中で選ばれていたサウンドマネーであるゴールドが、「ゴールド+紙幣」という形にならざるを得なかった根本的な弱点、つまり、貨幣が国家の管理にならざるを得なかった弱点、

① 携帯性の問題(ゴールドは重く、輸送するのに多大な手間とコストがかかる)

② 可分性の問題(分割は可能だが、少額取引用に細かく分けるのは非効率)

③ 検証性の問題(技術的に検証は可能だが、取引毎に行うのは非効率)

④ 盗難・紛失のリスク(高価であるがゆえに、盗難紛失リスクが高い)

等といった弱点を、暗号技術によってすべて、大幅に克服しているのです。さらに、インターネット時代に不可欠な、ネットワーク上で直接やり取りできる性質も備えています。

ビットコインが、唯一、ゴールドと比べて不足しているものは、数千年にわたる歴史と実績、それに基づく受容性です。しかしそれも近年、急速に世界に広まり、価値の宿るアセットとして認められてきています。

つまりビットコインは、ゴールドの本質的な性質を引き継ぎ、現代に合わせて進化させた存在だと言えるでしょう。ゆえに、ビットコインは「デジタルゴールド」と呼ばれるのです。

ここは強調しておきましょう。

ゴールドは「価値の保存機能」をもった「貨幣」の王でした。単なる資産ではありません、「貨幣」です。その意味でビットコインは、選ばれうる「貨幣」であり、正しく「デジタルゴールド」であり「サウンドマネー」なのです。

貨幣の競争が可能な世界では、市場は、長期的には、再び、サウンドマネーの性質を持つ貨幣を選ぶでしょう。そして、サウンドマネーを経済の基盤とすることで、国家の介入は半強制的に制限され、自由市場は、本当の意味での自由市場へとアップデートされる道が開けるでしょう。真の自由市場は、恣意的な介入を排し、人々の自由の根幹となるものでしょう。

そのような期待が、ビットコインには、かけられているのです。

現実と夢物語(二つの意味のデジタルゴールド)

ここで、予告も兼ね、少しだけ現実的なことについてお話しします。

ビットコインは、貨幣の王であったゴールドの特徴を持ちながら、その欠点を克服し、【デジタルゴールド】と呼ばれている、ということをお話ししました。しかし、残念ながら現在は、【貨幣】としての使い方は、あまりされていません。現状は貨幣ではなく、あくまで希少性、価値の保存機能を持つ『資産』としての、『デジタルゴールド』という扱いです。

実際のところ、威勢のいいことを書きましたが、貨幣発行の自由化、サウンドマネーといった上記の話は、現在の状況とはかけ離れているものであり、残念ながら、理論的にも実際的にも、夢物語といわれても、しょうがない状況でしょう。

しかし、だからこそ、まだまだ果てしない夢と革命の続きがあるとも言えます。

次回のクイズでは、そういった現状の把握、問題点についてお話ししたいと思います。また、夢物語が夢ではなくなる方向性はあるのか、といった事についても考えていきたいと思います。

ビットコインという革命

さて、これまで見てきたように、ビットコインを保有することは、私たち一人ひとりにとっては、資産防衛の手段にほかなりません。人々は市場原理に従い、インフレによって価値を失う通貨を見限り、すなわち、法定通貨から逃避し、サウンドマネーに資産を移し始めているわけです。

しかし、この個々の行動は、社会レベルで見れば、上記のような世界の変革につながっています。つまり、一人ひとりの資産防衛という「個」の行動が、結果的には「全体」としての市場構造を変えます。無制限の通貨発行、財源なきバラマキ政策、恣意的な金利操作、そして市場を虚構で歪める信用創造といった制度的ゆがみを、構造的に制限していくのです。

かくして

①中央の管理者を必要とせずに

②利用者同士で直接決済ができる

③発行上限とスケジュールが決められた

④電子貨幣

という、たった四つの性質をもつビットコインが、世界を根本から作り直そうとしています。

大きな時代の変化の中で、私たちは、ビットコインを選び、保有し、必要に応じて使います。

それがそのまま、経済の仕組みを変え、社会の在り方を変え、そして自由市場と自由そのものを守る、全く暴力を使わない革命の一部なのです。