ビットコインは、自由・権利を守るテクノロジーだというお話をしてきましたが、その続きとして、今回は、プライバシーの問題について考えたいと思います。最初にお伝えしておくと、ビットコインの開発・文化はプライバシーを極めて重視するものですが、それでもなお、ビットコインにとって、プライバシーは大きな課題であり、克服すべき重要な問題でもあります。
改めて、ビットコインは貨幣となることを目指して作られました。そして貨幣の利用や取引履歴は、最もセンシティブでプライベートな情報だと言えます。私たちの日々の購買行動は、単に物を買った・売ったという事実だけでなく、その人の生活習慣や価値観、健康状態などをも反映します。例えば食品の購入からは生活習慣が、書籍や映画の購入からはその人の価値観や考え方が、医薬品の購入からは健康状態が読み取れることもあります。購買行動というのは個人情報の塊であり、プライバシーというのは、貨幣を目指すビットコインにとって避けて通れないテーマだといえるでしょう。そこでまず、そもそもプライバシーとは何か、ということから考えていきましょう。
現代社会において、プライバシーが非常に重要なテーマであることは、誰もが認めるでしょう。ネット利用などで発生する私たちの行動情報は、サービス向上や利便性向上のため、日々収集され、活用されます。しかし一方で、集められた情報は、私たちの自由・権利を侵害する形で利用されることもあります。そういったことは、誰もがなんとなく感じていることだと思いますが、具体的な例については、あまりご存じない方もいらっしゃると思います。そこでまず、具体例を紹介しましょう。
アメリカのあるスーパーで、女子高生が買い物をしました。スーパーは顧客の購入データを分析しており、彼女の購入品などを分析した結果、その女子高生の購入データの特徴として「妊娠スコア」が高いことがわかりました。その後、スーパーは彼女の家にベビー用品のクーポンを送付しました。しかし、これを見た父親は「娘に妊娠を勧めるつもりか」と怒り、抗議したそうです。ですが後に、実際にその女子高生が妊娠していたことが判明し、父親は「家族よりも先に娘の妊娠を把握するとは」と驚愕したといいます。
この事例は、購買データの分析によって、家族や、時に本人ですら気づいていない情報を企業が先に把握してしまう可能性を示しています。
次に信用スコアの例です。信用スコアとは、人々の情報を収集・分析し、数値化して評価する仕組みです。特に中国では「セサミ・クレジット(芝麻信用)」と呼ばれるシステムが存在します。セサミ・クレジットでは、個人の情報を①身分特質、②履行能力、③信用歴史、④人脈関係、⑤行為偏好 という五つの情報に分け分析します。そのうえで、「信用較差」、「信用中等」、「信用良好」、「信用優秀」、「信用極好」という五段階スコアで評価します。そしてこの結果が、クレジットカード、ホテル、不動産、結婚恋愛、学生サービス、公共事業など、様々な場面で利用され、スコアにより、受けられるサービスが変わるとされています。
中国の監視社会と相まって、個人の生活や関係までも監視・評価の対象にする点で、プライバシーや自由を脅かす仕組みと指摘されます。そして、これらの個人情報の収集には、決済サービスなどを行うアリババグループのシステムが活用されているそうです。
もう一つ有名な例が、ケンブリッジ・アナリティカ事件です。ケンブリッジ・アナリティカ社(CA社)は、データ分析・コンサルティング会社でしたが、2016年のアメリカ大統領選挙にあたり、大量の有権者データを収集し、高度なデータ分析を行いました。その結果、CA社は、有権者一人一人の心理的傾向や、政治的立場、無関心度合いなどを、細かく把握することができたとされています。そして、この情報を活用して、選挙でトランプ大統領を有利にするような選挙広告活動を行いました。
そういった広告などによる誘導が、どの程度うまくいったかは、意見が割れるようです。しかし、2016年の選挙は極めて僅差の選挙でした。つまり、わずかな影響だったとしても、アメリカ大統領がどちらになるかといった、強い社会的影響があった可能性がありました。この事件は、個人情報の収集とその分析・操作が、民主主義や社会全体に与える影響の大きさを世界に示した出来事となりました。
また同時にデータ元であったFacebookが、ユーザーの同意なしに、一部のデータを第三者が利用できる状態に放置していたことも、この事件の大きな要因とされています。改めて、インターネットにおける個人の情報やプライバシーは、企業の管理体制やポリシーによって左右されるということを示す典型的な例でもあります。なおCA社はその後、不正なデータ収集の疑惑を受けて顧客喪失し、事業継続不能となりました。
以上、プライバシーに関連する事例紹介でした。他にも調べてみると、まだまだ、背筋が寒くなるような事例もたくさんあるので、ご自身で検索してみてください。そしてこういったことが、今後テクノロジーの発展とともに、さらに精度をあげて起こりうるわけです。
こういった現代における個人への監視や、情報に基づく誘導・管理・支配といった問題は、何も最近になって急に出てきた話ではありません。多くの思想家や文学者が、ずっと昔から警鐘を鳴らしてきたことです。
イギリスの作家ジョージ・オーウェルが1949年に発表した小説『1984年』は監視社会を描いたディストピア文学として、非常に有名な作品です。小説の中では(執筆された1949年からみれば)近未来である1984年には、世界は三大超大国に分割され、それぞれが独裁的・全体主義的な体制によって支配されています。それは徹底的な監視と言論統制に基づく世界であり、自由のないディストピアです。
この世界では町のあちこちに、『BIG BROTHER IS WATCHING YOU』と書かれたポスターが貼ってあります。「Big Brother」とはこの世界の独裁者のことであり、監視社会の象徴として、今日でもしばしば使用される有名なフレーズです。
これ以上はネタバレになってしまいますので、よかったら読んでみてください。非常に面白く、プライバシーを考えるうえで示唆に富む名作です。
続いて、フランスの思想家ミシェル・フーコーです。彼は、「パノプティコン」という監視塔のある監獄をメタファーとして用い、現代における権力の内面化について分析しました。
彼が取り上げたパノプティコンという監獄の設計は次のようなものです。
このような環境では、囚人は常に見られているかもしれないという意識を持ち、結果として自発的に規律を守るようになります。フーコーはこれを比喩にして、近代社会における教育・軍隊・工場・病院などが、人々を内面から規律化する、規律権力として機能していると論じました。
これら視点は、常時SNSでつながり、常に情報が収集され、監視されているかもしれない現代社会において、改めて重要な示唆を与えています。
再び、現実世界の事例に戻りましょう。2013年、アメリカ国家安全保障局(NSA)に勤務していたエドワード・スノーデンは、NSAが一般市民の電話やインターネット活動を大規模に監視・記録していた事実を暴露し、世界に衝撃を与えました。大ニュースになったので、覚えている人も多いでしょう。これは国家ぐるみのプライバシー侵害であり、国家が人々の情報を求め、実際に収集可能であることを改めて示しました。そんな彼の言葉のひとつに
『隠すことがないからプライバシーを気にしない、というのは、言いたいことがないから言論の自由を気にしない、と言うのと同じだ』
というものがあります。プライバシーに関して、非常に重要な視点をあらわした言葉といえるでしょう。スノーデンは、アメリカ政府から追われる立場となりましたが、今もプライバシーの重要性を訴え続けています。
以上のような事例や、物語・思想から得られる教訓は、プライバシーの問題というのは、単に「秘密を隠すこと」だけではないという点です。秘密ややましいことに限らず、日常的に、何を買ったか、何を見たか、何をしたか、といったごく普通の情報もまた重要です。そして、それらが監視されたり、勝手に分析・利用されることは、自由な思想や行動にとって、非常にリスクが高いことなのです。
だとすると、そういった秘密でないことも含めた自己情報を、勝手に利用したり、監視されたりすることは、極めて慎重に扱われねばなりません。ゆえに現在では、プライバシーとは、秘密ではない情報も含めた「自己情報コントロール権(自己情報を提供・公開するかどうかを自分で決める権利)」と理解されます。
この観点からすれば、しばしばいわれるような、「やましいことがないなら隠す事ないじゃないか」とか「正しい主張なら、こそこそ隠れず堂々と顔を出して実名で言うべきだ」といった意見は問題があることになります。
監視されず、情報がとられることなく、私的領域が安全に確保されることで、初めて、自由な精神と言論が可能となるのです。監視に対して萎縮するといったこともなく、報復を恐れて告発ができないといったこともなく、そして気づかぬうちに内面が統制されるといったこともなく、自由な精神と言動を保つことができるのです。
つまり「自己情報コントロール権」としてのプライバシーは、自由や思想を守るために不可欠な基盤であるということです。
ただ実際のところ、現在の情報社会の中で、秘匿性の低い情報も含めた全ての情報を、自分でコントロールする、というは極めて困難です。それを実行しようとなると、四六時中、確認作業を行い続けるはめになるでしょう。また、トレードオフである利便性や革新的な技術活用も、著しく損なわれますそのため秘匿性の低い情報は「自己情報が適正に扱われる権利」という発想で、企業側・国家側に、適正に扱う義務を課して任せる、ということにならざるを得ません。
ただ、それはまた、今までの例からして、どこまで信じられるのか、ということに戻ります。結局そうなるなら、いっそ管理を丸投げした方がいい、という考えもあるでしょう。(中国の監視社会などはそういう文化・社会かもしれません)
またそもそも「秘匿性の低い情報」からでも「秘密の情報」などが割り出しうること、「秘匿性の低い情報」の監視・利用でも自由を委縮させるといったことが問題でした。そういったことを考えると、プライバシーの問題は、現実的な落としどころが難しく、社会、文化的な在り方も密接にかかわって来る、一筋縄ではいかない問題といえます。
以上、様々な角度からプライバシーについて見てきましたが、ビットコインとプライバシーを考える時に、絶対に欠かせないのが、サイファーパンクと呼ばれる人々の活動です。
サイファーパンクとは、国家や企業による情報監視・操作に対抗するため、暗号技術を用いて個人の匿名性やプライバシーを守ろうとした技術者・活動家の集まりです。源流としては1970年代の暗号技術の一般開放から始まり、1990年代にはインターネット普及とともに、ネット上で思想や技術の共有を行い、活動が展開されました。サイファーパンクたちが集うメーリングリストは、彼らの活動の中心地となりました。彼らは、匿名メール、電子署名など暗号技術を活用して、ネット社会における匿名性を、技術的な面から強力に推し進めました。
また彼らは、金融的な主権の追求も行い、国家の支配に抵抗するデジタルキャッシュの開発にも、挑戦しました。その中で生まれた試みには、
1985年:David Chaum「DigiCash」
1997年:Adam Back「Hashcash」
1998年:Wei Dai「b-money」
1998年:Nick Szabo「BitGold」
2004年:Hal Finney「RPOW」
などがありました。いずれも普及はしませんでしたが、ビットコインの重要な下地となりました。
そして2008年10月31日、サイファーパンクのメーリングリストに、サトシ・ナカモトと名乗る匿名の人物が、ビットコインのホワイトペーパー(論文)を投稿しました。その翌年、ビットコインのネットワークが開始され、以降、世界に広がっていったのです。
つまり、ビットコインはサイファーパンクという、数十年にわたる自由・権利運動の戦いの系譜の中から生まれ出たものなのです。
サイファーパンクの理念を簡潔にまとめた文書として、1993年にエリック・ヒューズが書いた「サイファーパンク宣言」があります。ビットコインにも大いに通じる部分があるため、抜粋して紹介しましょう。
「プライバシーとは、自分を世界に対して選択的に開示する力のことだ」
「我々は政府や企業や巨大組織が善意でプライバシーを与えてくれると期待することはできない」
「我々は匿名取引を可能にするシステムを作らなければならない」
「サイファーパンクはコードを書く」
「我々のコードは全世界で誰もが自由に使える」
「我々のソフトウェアを気に入らない者がいても関係ない。ソフトウェアは破壊できず、広く分散したシステムは止められないことを知っているからだ。」
「暗号は必然的に世界中に広がり、それとともに匿名取引システムも広がるだろう。」
こうした理念の延長線上に、ビットコインは誕生したのです。
では最後に、ビットコインはプライバシーについてどのような性質を持つか、簡単に紹介します。ビットコインは
といった利点があります。
要するに、そもそも自分の氏名や住所など、個人の情報なしで利用できる仕様なのです。
個人の情報が不要ならプライバシーが完全に守られるように思えますが、しかし、クレジットカードなどよりはマシだとしても、実際にはビットコインにも多くの弱点があります。
ビットコインの取引は、公開台帳という仕組みにより、取引履歴はむしろ世界中に公開されます。そのため解析により、場合によっては、取引履歴と個人の情報が結びつけられ、世界中にばれてしまう可能性があるのです。
「個人の情報を出していないのに、なぜ分かるのか?」と思うでしょうが、このあたりは、高度に技術的なことになります。イメージとしては、情報技術者がネット上の情報を解析して、相手の情報を割り出すようなイメージで、本来わからないはずの個人の情報が、あぶり出されてしまうことがあるのです。
それを避けるためには「公開される取引履歴」と「個人の情報」が結びつかないような、かなりの工夫・操作が必要になります。つまりプライバシーという点では、残念ながら、ビットコインもまた、様々な問題を抱えているものだといえます。金融主権を持つ完全匿名のデジタルキャッシュというサイファーパンクの夢は、ビットコインをもってしてもまだ道半ばであり、さらなる発展が必要なのです。
ここで注意しておくべきポイントがあります。先に述べたように、ビットコインの開発、文化では、プライバシーも極めて重視されているため、プライバシー技術の開発も積極的に行われています。そのためビットコインは、すでに現在でも技術的には、個人が工夫をすることで、かなりのところまで匿名性を高めることはできるのです。
しかし、プライバシーの問題は、単なる技術的課題にとどまらず、社会全体の受け入れが、より大きな影響を持つ分野だということです。実際のところ、完全な匿名通貨の実現は、現代社会では極めて困難です。なぜなら匿名性が強すぎる通貨はマネーロンダリングや犯罪利用と結びつきやすく、国家による規制が非常に強い分野だからです。また通貨の追跡が不可能であることは、国家の金融主権そのものを脅かします。もしビットコインが完全匿名の通貨として設計されていたなら、普及段階で、より強い規制に直面し、今日のような広がりは実現できなかったかもしれません。
それらをふまえて、最後に、スノーデン氏のビットコイン評をお伝えしましょう。「Bitcoin Amsterdam 2023」に招かれたスノーデン氏は、講演で次のように述べました。ビットコインにおける、技術的にプライバシーを高める仕組みは重要だと前提を置いた上で
『私たちが求めているのは、私たちを取り囲む暴政の鍵穴を通り抜けるために体を捻じ曲げることではない』
と述べています。そして
『秘密裏に行動することは自由ではない。それは目標ではない。個人として開放されたいのではなく、集団として開放されたいのだ』
『CoinJoin(プライバシー強化の技術)などの必要性は、あなたが自由ではないからだ』
と語りました。この言葉は、匿名性・プライバシーの技術的克服が重要であると同時に、より広い、社会・文化的な変化も不可欠であることを示唆したものではないでしょうか。
今回は、個人の情報の漏えいといった観点を中心にプライバシーについてお話してきましたが、もう一点、ビットコインとプライバシーに関しては、「ファンジビリティ(代替可能性)」の問題があります。非常に重要な観点なので、簡単に補足説明しておきます。
まず、ファンジビリティとは、どの単位を取っても同じ価値を持ち、相互に代替可能である性質を指します。例えば、ゴッホが描いた本物のひまわりと模倣画は見た目が似ていても別物であり、価値も大きく異なります。一方で、100円玉はどの100円玉でも同じ価値を持ち、自由に交換できます。これが「ファンジビリティがある」という状態です。
ところが、ビットコインの仕組みは取引履歴が記録されるため、ファンジビリティが損なわれる可能性があります。たとえば、過去にテロ資金や盗難に使われたビットコインは「汚れたコイン」と認定されるかもしれません。もしそれが市場を通じてあなたの手元に流れてきた場合、不正利用コインなので使用不可とされ、取引所や規制当局から拒否される恐れがあります。これは事実上の検閲につながります。
本来、貨幣には色がないこと、つまり履歴によって差別されない完全なファンジビリティが必要です。ビットコインが真の貨幣として機能するためには、特定のコインの過去の利用履歴がいつまでも追跡され、それによって流通が制限される状況は望ましくありません。そのため、匿名性やプライバシー技術は、単なる個人の情報保護だけでなく、ビットコインの貨幣としての成立条件に関わる極めて重要な要素といえるのです。
そういう意味でも、ビットコインとプライバシー、そしてそれを受け入れる社会の在り方という問題は、非常に重要な課題といえるのです。